作家インタビュー

土曜グランド劇場『池中玄太80キロ』

(放送期間:第1シリーズ=1980年4月5日~6月28日、
第2シリーズ=1981年4月4日~8月29日ほか)

第2シリーズ主題歌「もしもピアノが弾けたなら」
第23回日本レコード大賞・金賞、日本作詩大賞受賞

この頃から劇伴と主題歌の作曲家を分ける傾向が出てきました。最初のシリーズは、主題歌は既に「風に抱かれて」が決まっていて、劇伴だけの依頼でした。次のシリーズでは、西田敏行さんが歌う「もしもピアノが弾けたなら」 も書かせて頂きましたが、依頼のお話しは覚えていないですし、僕の方から主題歌も書かせて欲しいというお願いをしたということもないです。自然な流れでそうなったと思います。

この番組の時は、僕の考え方は『3丁目4番地』の時とは少し変わっていて、主題歌は詞先で作りたいと思っていたんです。阿久悠先生の事務所に日テレのスタッフと僕とで出向いて、こういうドラマで主題歌を作りたい、今回は詞先で作らせて頂きたいという話を伝えたら、心良く応じて下さって、あっという間に「もしもピアノが弾けたなら」と「いい夢見ろよ」との2曲の歌詞が出来てきました。阿久悠先生はタイトルを先に決められるそうですね。番組スタッフも僕も2曲を見た時に、タイトルからして「もしもピアノが弾けたなら」の方が主題歌で、「いい夢見ろよ」は挿入歌。曲はそのつもりで作りました。

西田さんは歌がとても上手くて、即興で歌ってしまったり、エルヴィス・プレスリーの歌も上手いと聞きまして、実際に聞いてみようと、作曲に取りかかる前に、スタッフとともに西田さんがステージで歌う店に行ったんです。即興で作る歌も上手くて、音域が広いということもわかって、これは安心して曲も作れるなと思って、西田さんの音域に合わせてアレンジをしました。前もって録ったオケを西田さんに渡して練習して頂いておいてレコーディングに入りました。西田さんは歌えるという自信もおありになって、一回目を歌った時に、少し後ろを伸ばしたりして、自分流にメロディーをいじって歌われたんです。僕は主題歌についてはそういうことが全く必要がないと考えていて、メロディーをキチッと歌って、そこに思いを重ねて下さいと言いました。おこがましいんですけど、僕が歌を入れたカセットテープを渡して、これを聴いて練習してきて下さいとお願いして、後日再びレコーディングをしたんです。それで歌って下さったのが、完成した音源です。さすが西田さんだと思いました。僕の仮歌を聴いて吸収して下さって、素晴らしい仕上がりになりましたから。

「もしもピアノが弾けたなら」が
初期のシングル・レコードではB面だった謎

歌が完成した後、その当時の発売元、CBS・ソニーの編成会議で聴いてもらった結果が、「いい夢見ろよ」がA面だと(微笑)。僕たちはひっくり返るくらい驚いたんです。主題歌の「もしもピアノが弾けたなら」をB面にするということになりました。そして番組がスタートしても全然、歌のヒットに火がつかないんです。それで番組スタッフとCBS・ソニーが会議をして、その後で、シングルのAB面を逆にすることになったんです。その後、大ヒットという結果になりました。

挿入歌もヒットした「鳥の詩」

杉田かおるさんが歌った「鳥の詩」は、『池中玄太80キロ』の2回目のシリーズの時に、石橋冠さんのアイデアで出来たんです。主人公の池中玄太には血がつながらない三姉妹の娘がいて、その末っ子が幼かったので、そういう子にも歌えるような歌を作ろうということでした。玄太が三人の娘がいる女性と結婚するんですが、病気で亡くなってしまって、父娘の関係が始まるんですね。一方、カメラマンの仕事ではあまり評価されないけど、北海道で丹頂鶴を撮ると天下一品という設定で、亡くなった奥さんの名前も鶴子ということで、鳥に対する思い入れ、亡くなった奥さんとの想い出、そういったものを込めて、子供でも歌える童謡的な挿入歌を作ってドラマの中に入れ込みたいというのが石橋さんの考えでした。それで再び阿久悠先生に詞をお願いすると見事な歌詞が出来てきて、曲を付けたという訳です。

石橋さん以外の演出家だったらそういう発想は無かったでしょうね。レコードにはなりませんでしたが、西田敏行さんの歌も録って、ドラマの中ではシーンによって使い分けたのも石橋さんのアイデアだったと思います。

その他、印象深い日テレドラマ

『2丁目3番地』、『3丁目4番地』の次、石橋冠さんとやった浅丘ルリ子さんが主演の『冬物語』(1972)ですね。主題歌がフォー・クローバースの「冬物語」で、これも阿久悠先生が作詞でした。ドラマの最初で原田芳雄さんがピアノの音楽とともに登場して、せつないラヴストーリーでした。浅丘さんも原田さんも音楽がとてもよく乗る、音楽乗りが良い役者ですね。逆に音楽が乗らない役者さんもいましたが(苦笑)、あの2人は音楽を作っていても、オンエアを見るのも楽しみでした。映像に音楽を入れるダビングをするスタジオにもよく出かけていって、選曲についても意見を言わせて頂くことが出来たんです。石橋さんの演出だったし、メロドラマなら僕の真骨頂だと思ってやっていましたので(微笑)。このドラマは映像が残っていないというのが残念です。

もっと以前のドラマですが、これも浅丘ルリ子さんの主演で『90日の恋』(1969)もありましたね。ソニア・ローザが主題歌を歌っているんですが、確かドラマのテーマ曲はインストゥルメンタルでやっていたのですが、この演出は梅谷茂さんで、印象的ですね。『冬物語』の時に石橋さんがロケに局の中継車を使えるようになったと言っていましたから、この時はまだ使えなかったんです。不便な時代でしたが、不便だからこそいろいろと工夫して良いものが生まれるという時代だったと思います。

同じ系列だと読売テレビで、これもまた浅丘ルリ子さんが主演ですが、『新車の中の女』(1976)というのも面白かったですね。プロデューサーや演出家が音楽のオファーのきっかけになるので、浅丘ルリ子さんの作品が多いのは、偶然です(微笑)。

PageTop